読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

2015.02.19

妹の家で午前4時近くまでおしゃべりしたり、英米のミュージックビデオをYouTubeで流し合ったりしていたから、きょうは起きたら12時近かった。

ぐずぐず支度をする妹を待ちながら二週間くらい前に買った『近くて遠いこの身体』を流し読む。
さいきんは身体に興味があって、とくに、競争の俎上に乗らない「私の」身体というものに興味があって、それは道教だとか、禅だとか、そういうスピリチュアルな方向に流れていく予感がする。
「私の」からだと向きあう事は、自ずと「私の」外側へ拡張していくことに通じていく。
外にあるものを吸って、吐く。食べて、出す。どこからが外側で、どこからが自分なのか。実はそんな区別はなくて、外側というのは、自分のなかを覗き込んでみれば見えてくるものでもあるはずなのだ。
体育の時間に馬鹿にされて、以来自分でもバカにしてきたこの身体について、だからもっと知らなくてはいけない。
身体を無視することは、自然を無視することだ。

身体は無視し続けているとどこまでも鈍る。
最近は階段の昇り降りで血の気がひくようになってきたし、体が固すぎてすぐに疲れてしまう。
さすがにまずいと思い、夜、お風呂場でストレッチを欠かさないようにしている。
けれどもシャワーも浴びずに寝てしまう日がどんどん増えている。
身体はますます重くなる。

言葉も同じで、使わないとすぐ腕が鈍る。
感覚や感情も鈍化する。
その「遅れ」は、取り戻すのに果てしないほどの時間と努力を要するだろう。

だからこうして書いている。

支度のできた妹と近所の回転寿司に行く。
とてもおいしかった。

それから二人で国道沿いを歩いて仙川の猿田彦コーヒーに行った。
コーヒーの味はそんなにわからないけれど、
好きな人と一緒に過ごすというのは何よりも楽しい。

誰かとコーヒーを飲むというのは、小説を読むことや、お芝居をみることや、音楽を聴くことや、絵をみることとおんなじで、その時間の中にしかないものなのだ。

過ぎてしまったことは全部同じでだいたい切ない。

それらの行為の中でだけ流れる時間がたしかにある。

人の脳は、昨日の記憶と何年も前の記憶を区別できないらしい。
記憶の遠近感というのはたしかに狂いっぱなしで、昨日の朝ごはんは思い出せないけれど、小学生のころ机に突っ伏して寝ていたら机がよだれでびたびたになって焦った、あの焦りはいまこうして思い出してみてもなんとも生々しく、冷や汗ものだ。

妹と別れて芦花公園まで進んで世田谷文学館岡崎京子の展示をみにいった。
感じるところが多すぎて、いまはまだ言葉や文字使って形どる気にはなれない。
とにかくここでも、記憶の遠近感のいい加減さを思い知ったし、彼女の作品に深く抉り出された傷は、いまでもちっとも古傷になんかんかなってやいなくて、いまでも血が流れ続けている。

夜は後輩の卒業公演をみた。
みんなが愛おしくて仕方なかった。
一年前、僕らの代は卒業公演をしなかった。
いまもし当時に戻ったとして、やっぱりやらないだろうけれど、やるとよかったよね、と一緒にみていた友だちと話して、まったくその通りだと思った。
なんだかんだ大学にいたころは潔癖だった。そして面倒なことに、いまでもそうだ。
大学にいたころは、舞台上の彼らのように正しいことを正しく言えた。
彼らの発する正しい声が眩しく懐かしかった。
その正しさに戻りたいとはちっとも思わないけれど、その正しさを知ってしまってから、正しいことが必ずしも正解ではないところで生きていくのはしんどいなあと思う。
だったらいっそ正しいことなんて知らない方が良かったけれど、実はそんなこと最初から知っていたのだ。そもそも大学でだって、正しさが正しく伝わるのなんてほんの一瞬が数回あったというだけで、一万回に九千九百九十九回はバカをみていたのだ。
知っていたはずなのに、奇跡的な一瞬を、うっかり自分の正しさが相手の正しさに正しく受け入れられる瞬間を、一回でも経験してしまったがために、それが起こりえない普通が苦しくなってしまった。

それでも、自分の決めた正しさを、捨てることはできない。そんなこと、いまさら。

もっと軽くありたいなあ。

もっとあったかく居心地のいい人間でありたい。

友だちと飲んだ帰り道、酔っ払いのうるさい高田馬場のホームで、知らないカップルに大声で毒づく酔っ払いの顔を思い切り殴りつける想像をしながら、そう思った。
うつくしくありたい。
やさしくありたい。

ほんとうは、誰の正しさについてもぜんぜん興味なくて、さっきまで飲んでいた友だちや、その他すべての大好きな人たちにとって、面白かったり安心だったり支えであるような人間でありたいだけなのに。

それだけのことが、なんでこうも難しくこんがらがるかなあ。

そんなことを考えながら、いま、停車した駅から乗り込んできて、横にどかっと乱暴に座ってきた息の臭いおっさんの歯を、頭の中で一本残らずへし折りました。