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2015.03.12


明け方まで後輩の家で飲んで、愉快な夜だった。
10時くらいに起き出して、ひどい臭いだからと窓を開けるといい天気だったので午前中いっぱい日向ぼっこをして過ごす。開け放した窓際に椅子を持って行って、風と陽の光を浴びながらのんびりおしゃべりをするにはなんとも贅沢な時間でぽかぽかする。後輩が薄いコーヒーを淹れてくれる。

日向ぼっこの最中、一人また一人とバイトやら学校やらに向かう勤勉な後輩たちを見送る。休日のサラリーマンは学生よりも怠惰で自由だ。

正午をまわるまで最後に残った後輩とぽつぽつおしゃべりをして、よいしょと家を出て近所のカフェでお昼ごはん。春野菜とソーセージのせいろ蒸し。食後にオレンジとローズマリーハーブティー
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おしゃれで健康的な食事が、汚い飲み会のあとの体に染み渡る。
おいしいおいしいと頷きあったり、後輩の旅行の話を楽しく聞いたり、なんだかんだ14時半近くまでまったりと過ごす。

家主であるいい加減な後輩は鍵開けっぱなしで午前中から出かけているので後輩宅の鍵は開けっ放しで、それをいいことにまた部屋に戻って夕方まで昼寝をする。

たっぷり一時間寝て、帰宅していた家主にお礼をいって別れる。
この時間には近所の銭湯が開くことを予め調べていたので、ひと風呂浴びにいく。
まだ日のあるうちに風呂に来るお客さんは、僕のほかはおじいちゃんばかりで、毎日40,000歩歩くんだ、そりゃあなんの心配もいらないね、うちのほらあれも癌で死んだから、ガンってなんの癌だい、俺、きょうもどら焼き食べちゃったんだ、食事にかい、んにゃ昼飯のあとさ、あすこのスーパーではでっかいのが一個100円で、ちょっと高い上品なのもあるな、俺は安くてでかいのが好きだ、などと、年輪のようにただ今日まで生きてきたことを誇らしげに示す彼らの体のシワや窪みに惚れ惚れしながら肩までゆっくり浸かる。
湯だった赤ら顔のじいさんたちの屈託のないおしゃべりと、まさに十人十色の体の陰影。
それは無条件に人の生きることを肯定する風景だ。

世田谷から明治神宮のほうまで出て、先週のお芝居でお世話になった方のお芝居を観に行く。
時間に余裕があったので駅前のつけ麺屋で夕食。
坂を下って劇場へ向かう。
タッパがあっていい劇場だった。
その分、音の響きがいまひとつ物足りなかった。
ついこのあいだまで、寒空の下ご一緒していた人たちと、ちゃんとした劇場で再開するのはなんだかへんなかんじだった。急にうんと時間が経ってしまったような感覚。

そのまま徒歩で南下して、渋谷へ。
とあるミーティングに参加する。
僕がここで貢献できることがあるかは自信がないけれど、将来やりたいことに直結するとても楽しみな企画。
そこで副次的にぽっと出てきたおいしい話に俄然テンションが上がる。
これはこれからもわくわくすることが次々に起こりそうだ。

そして、いま、帰路。
帰宅したら日付が変わる頃だろうか。
明日のお弁当のお米だけ炊いて、かるく走れたらいいな。
明日はすこし朝が早いけれど、昼寝もしたことだし、まだ余裕はある。

連休ボケがなかなか抜けないけれど、いや、連休中の方がむしろ頭はクリアなのだけれど、とにかく明日から本格的にプロレタリアな日々が再始動する。

きょうのできごとは文字に起こすとあっさりする。
言葉にならないところがすっかり満たされる、良い休日だった。
日光を浴びて、静かにお喋りをして、湯をもんで、それ以外、いったい何が必要だろう。

多分何かが必要だから、いろいろと出かけていって、ものを書いて、たまにはお芝居をしたいのだ。

駅に着いた。

きょうはここでおしまい。