読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

2015.04.09

今朝は家を出る10分前に起きてあわてた。
15分で支度を済ませ、いつもよりひとつ後ろの電車に乗る。
体はすっかりお休みモードで、目を覚まさない。
いつの以上にぼんやりと、でもいつもと違って座れずに、どんどん疲れていった。

お昼まで働いて、これはもうちょっと寝ないとダメだと思う。

お弁当のおかずの載せられた小さなプラスチックの容器の底には「からだに気をつけてね」と書いてある。
このおかずを弁当箱に積めたのは僕だけれど、冷凍食品なのでこのメッセージの内容は食べ終わるまでしらない。
高校生のころまで学校に持たされていったお弁当にも、底にメッセージの印刷されている容器を使った冷凍食品のおかずが詰められていて、そのときは、「きょうもファイト!」だとか「むりはしないでね」だとかいう文句を、なんでもなく母から発信されたものと受け取っていた。今思えば母はたぶん、容器の底にどんなメッセージが印字されていたかしらない。
自分で自分のお弁当を用意するようになって、いまも相変わらずメッセージは僕に向かって発信されている。
発信源はどこだろう。
印字しているのは工場の機械だ。文句を考えているのは冷凍食品メーカーの誰かだ。けれどもそんなことはどうでもいい。顔もわからない、見ることもない、自分とは関係ないところ自分とは関係なく、誰かに向かって放たれた善意を、いま受け取っているということが嬉しい。たとえこれが冷凍食品メーカーの誰かの、えぐいサービス残業や、しょうもないしがらみや、頭に来る会議のすえに半ばやっつけでできたものだとしても。嬉しい。受けとる側は勝手だ。

さっさと食べ終えて座ったまま目を瞑るとあっという間に夢を見ていた。
それはとても長い夢だった。
正味15分弱の仮眠で、驚くほどよく寝た感じがする。
覚えてはいないけれど別の時間軸で別の行動の最中にいたことで、仕事モードに多少なりともシフトしていくことができて、午後からは調子が良かった。
ところがすぐに疲れが出て、久しぶりに背中に違和を感じた。
眠気がすごかった。
あらあら。
けれどもやるべき仕事はさくっと終わらせて、いまは早番だときちんとあがれる。
20時くらいから自由に使えるのは嬉しい。
ご飯を食べて、銭湯に向かう。
なんだかんだ年度始めでこわばった体をほぐしにいく。

菊名駅で降りて、10分弱歩く。
今夜も底冷えする。
タオルとシャンプーを借りて、いつもより丁寧に体を洗って、寝そべって入るジャグジーでしっかりあったまって、ぬるめの炭酸風呂でじっくり汗をかく。一度シャワーで流したら、露天風呂でもう一度肩まで浸かる。
血の巡りが良くなるのを感じる。
もとからぼんやりするのはうまかったけれど、瞑想や座禅を始めてから余計に上手くなった。
リラックスがうまいのはいいことだろうけれど、あんまり惚けていても日常生活に障るので適度に緊張するべきだろう。
湯上りに我慢ができずチョコモナカジャンボを食べる。
120円の贅沢。
ロビーのテレビでは月に発行の謎に迫る、みたいな番組をやっていて、ちょっと面白かった。
旅番組や最新科学のドキュメンタリーなんかは、いつみても面白い。
自分で選び取ったわけでもなく、たまたまチャンネルを回して掻き立てられる好奇心というのは楽しい。さいきんそういうことがめっきり減った。
自分の好奇心や興味が先細りしていくのを感じる。
もともと「好奇心というのは、この世で最も卑しいものだ」と自分を律するほどに、旺盛だった好奇心が、めっきり萎えている。
まわりの卑しい人たちは、それでもそのほうがましで、さいきんはいつも「他人に興味を持て」と言われる。僕は人が好きだから、不用意に興味を持たないこと、踏み込まないことを相手への最高の経緯だと思っているのだけど、思うようになっているのだけど、卑しさに、身をやつすべきなのだ。わかっている。
この銭湯のロビーは趣味人の部屋で、中央に置いてあるガラステーブルはそれ自体水槽になっていて、偽物の珊瑚礁で泳ぐ海老やクマノミの浮遊感に、自分も泳げたらなあ、なんてことを思う。
壁には銭湯のようすを描いた浮世絵が飾ってあって、そのいちいちにA4いっぱいの解説文が添えられている。
奥にはマッサージチェアが据えられていて、そのまわりはガーリーな観葉植物で覆われている。
趣味人の部屋だ。
しかし趣味の方向がてんでバラバラだ。
ここのオーナーの、節操のない好奇心がちょっぴり羨ましい。けれども、この統一感のなさは、センスがない。だっせえな、とも思う。

のんびりした気持ちで残りの帰路につく。
いま、23時12分。さっき菊名までの乗ってきたころよりは、人の少なくなった東横線内でこれを書いている。

明日頑張れば今度こそおやすみ。

今夜は早く寝よう。
そう言って、早く寝れたためしがないけれど。