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2015.06.24

今朝は長くしんどい夢をみて、寝ているあいだじゅう苦しかったのだけれど、目が覚めたころには驚くほどあたまも気持ちも体もすっきりとしていて、あまりの満足感に丸一日寝過ごしたかと思うくらいだった。
とっちらかった考えや経験の整理のために夢をみる、そんな話を昔どこかで習った気がするのだけれど、あれは本当かもしれない。
昨日までの心配事や考えごとが、明らかに反映された悪夢を経て、たしかになぜだか整理されてしまったように思う。
夢は思考のクリーニングだ。それともうひとつある。
夢をみることは、現実とはパラレルな時間を生きることでもある。
異なる時間を生きることは、日々に追われいっぱいいっぱいになった気持ちを落ち着かせるゆとりを与えてくれる。
今朝の夢では僕は簀に巻かれて三週間くらい土手に転がされていたのだけど、これから始まる怒涛の一週間を前に、一度どうにかリセットしたいと思っていた僕にとって、この何も身動きの取れない三週間はありがたかった。
起きたとき、きょうがほんとうに昨日と地続きで、あの三週間が目覚める前のほんの数秒の出来事であったということがにわかには納得できなくて、しばらく横たわったまま惚けてしまった。
夢というのは『ドラゴンボール』の《精神と時の部屋》みたいなものだな。
そんな陳腐なことを考えている。
こうして会社に向かいながら、いまでもすこしへんな気持ちだ。
久しぶりにぐっすり眠れたと思ったら、起きてもなお夢と同じくらい現実がリアルに感じられる。落ち着かないなあ。本当に俺は目覚めているのかしらん。