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2017.05.11

暑くて寝苦しい日が増えてきた。

寝苦しいので上を脱いで寝てみた。
おなかが弱いので腹巻だけする。
半ズボンに腹巻という見た目はほんとうに情けないけれど、
これがとっても快適なのだ。

上裸で過ごすときに思うことは、上裸はあるとき、全裸よりも
心理的なハードルが上がるということだ。
あるときというのはトイレのときだ。
便座に座るためズボンを下ろす。
このとき上裸であると、実質ほぼ全裸となる。
全裸くせに、足元にだけくしゃっと丸まったズボンとパンツがある。
これは、足元に何もない全裸のほうがまだ潔く、人間らしいように感じさせる、
圧倒的な情けなさというか心細さというか、
とにかく自分があまりに無防備であるという気持ちにさせられる何かがある。

よくヤクザ映画なんかで、敵が用を足しているときに襲い掛かるみたいな描写があるけれど、
全裸の足元にズボンとパンツがあるこのときほど、
ひとは用を足すときあまりに無防備であることがはっきりと現前するときはあるまい。
全裸であればすぐさま逃げ出せるのに、
なまじ足元にパンツとズボンがあるのだから、
何をするにもまずはそれらを履かなくてはならない。

ぼくはまるで世間を知らない甘ちゃんのまま、
通用してるかどうかはともかくなんとか静かに世間で生きている。

こういうとき、世間とは全裸の足元に丸まっているズボンやパンツなのではないかと思う。
ぼくはともかく下を履かなくちゃと神経質に気を付けているのだけれど、
ほんとうはまず、上を着るべきなのかもしれない。
上を持っていないのなら、もういっそ全裸のほうがいいのかもしれない。

中途半端に常識を持ち、中途半端に非常識だから、
よきサラリーマンにもよきアウトローにもなりきれないまま、
なんとなく毎日会社に行って、なんとなく毎日つぎの遊びのたくらみをして、
何者でもないままやり過ごしているのかもしれない。
着るのか着ないのか、はっきりするべきなのではないか。

今年はかわいい弟と妹が、
ふたりは双子なのでいつも並べて描くときどちらを先にするか悩ましくて面倒なのだけど、
とにかくうちのかわいい二人が就活の年で、
「何者でもない自分」に対しての戸惑いやじれったさを感じている様を、
ネット越しになんとなく感じ取っている。

思い返すと僕は就活中、「自分は何者でもない」なんてこと考えてもいなかった。
自分の劇団でするお芝居は最高だったし、
充分な数の人間から好かれている実感があったから、
ぼくは「自分は自分」だと自分で言い切れるだけの図々しさを持っていた。

だから、「自分は何者でもない」と感じ始めたのは、
むしろ就活の終わった後、社会人になってからだった。
お芝居をする余裕をがんばって作り出さなくてはいけなくなり、
結果を出せなかったり社交性が乏しかったりするとすぐに嫌われる会社に通ううち、
「自分は何者でもない」というふうに、しょげることが多くなった。
社会側から自分を見れば、謙虚になったとか、身の程を知ったとか、そういうふうにも言えるだろう。
就活中からそういうふうに、自分を別に求めてもいない社会の側から自分を見ることをして、
ちゃんと落ち込んだりできるというのは、とっても凄いことだ。

読んでるかどうか知らないけれど、君たちはとってもすごい。
なんというか、外に出るときはちゃんと服を着ようとしている感じがすごい。
えらい。
兄は、服の着方がこれであっているのか、いまさら自信がなくなってきたよ。

けれども、たぶん、死ぬまで「これでいいのかなあ」と
中途半端に不安なまんまなのだと納得しているし、それでいいとも思っている。

「自分は何者でもない」ことを納得しながらも、「自分は自分」という図々しさもなくならなかったいま、
はっきりと言えることがある。

ほとんどのことは、はっきりさせなくてもいい。

就活中は、世の中決めなくてはいけないことだらけだと思うかもしれない。
でも、大体の人は決めるふりをしているだけだ。
誰一人、はっきり決めることなんてできっこないのだ。
みんな嘘をついているんだよ。
自分の気持ちなんて、明日の天気ひとつであっさり変わる。
社会に出たら白か黒かなんて、大嘘だ。
就活は、確かに白か黒かはきはき答えるゲームかもしれない。
でもそんなのゲームなんだから、コマンドが白か黒かしかないゲームにすぎないのだから、
どっちのボタンを押すほうが有利かなんて、練習で身に付く勘や慣れだ。
そのボタンの選択に、いちいち「自分」を持ち出す必要なんてない。
ましてやその選択のために「自分」のありようを決定するなんて、しなくていい。

仕事はたかがゲームだから、その人を作り上げる大切な要素の一つにはなるかもしれないけれど、
その人そのものになることはない。

はっきりしないなら、はっきりしないまま、やれることだけやらばいい。

就活は、自分の得意なゲームを探すお試しプレイみたいなものだ。
うまい具合に好スコアが出せて、みんなに喜んでもらえるようなゲームが見つかるといいね。
見つからなくても、ゲームはいくらでもあるし、なんなら自分で作ってもいい。
何者でもないっていうのは、何者でもない分だけの可能性を持っているってことだから、
他人事だからちょっとうらやましくもある。
そのころに戻りたいとは、ちっとも思わないけれど。

そろそろ昼休みが終わるので、何者でもないまま、
何かのふりをして仕事に戻ろうと思う。