2020.01.31

遅延によりいつも以上にパツパツの社内で『不道徳お母さん講座 私たちはなぜ母性と自己犠牲に感動するのか』を始める。学校教育なんていつの世もたかが知れているし、子供だってタブラ・ラサではない。だから教育が酷いからと言って酷い子供しか育たないというわけではないのだが、とはいえ自分事でない遠い時事としてニュースを追っているとげんなりしてくるくらい粗雑な方針になっているように思えるし、周りの大人たちを見ていてもいつまでも生徒根性が抜けずあまりに素朴に人の言うことをきくことを受け入れているようにも見えるから、無視していればいいとも言い切れない。学校教育は従順な人たちを作るためにあるんだから経営者や統治者には都合がいいんだよね、みたいなことを『御社のチャラ男』の社長さんが言っていたが、道徳の教科化の話を改めて読んで、社長の言っていることももっともだと思えてくる。僕はある組織や社会の構成員が利己的な合理主義者であるほうがその大勢がいい感じに気持ちよく生きていけると思っているので、家庭や組織内での無償の奉仕や自己犠牲を是とする価値観にはつよい嫌悪感を覚える。それは感動ポルノでこそあれ、まったく合理的でないからだ。利己的であることと目先の自己利益しか考えないこととは、短絡的に混同されがちであるが、より利益を最大化しようと思ったら合理的に長期的戦略や利害関係者との三方よしなあり方を考えていく必要がある。自分の今だけ考えるというのは、利己としては半端というか三流なのだ。そして目先の感動に気持ちよくなるためだけに不合理な行動を称賛するほうがよっぽど目先の利益しか考えていないし、自己の利益のために他者の不利益を顧みないという意味では、自己犠牲を称揚する態度こそ字義どおりの利己主義であると僕は思う。


お昼は「あじせん」と読むほうの味仙に台湾麺を食べた。柴崎友香の「よう知らんけど日記」で食べたくなったのだった。僕にとって台湾ラーメンで味仙と言えば「みせん」なのだけど、「あじせん」は当たり前だがまったく別物で、これも非常に美味しかった。セロリと挽肉のいい出汁が効いているスープを飲み干して大満足。また行こう。


勤務中、隙間の時間に未練がましく「本屋博」でTwitter検索して、楽しそうだなあ、と思っていたらいくつかの写真に『プルーストを読む生活1』が写り込んでいて、自分はいけなくとも作った本は立派に参加させてもらっている! と元気になった。それと同時にやっぱり今日は早めに仕事を終えて駆けこもうと決める。今日までの鑑賞券ですでに19時からの『キャッツ』のチケットも取ってある。なので早めにあがって向かうとしても移動を考えると小一時間しかいられないだろう。でも、きょうの外気や懐具合の寒さを考えると、時間がないくらいがちょうどいい、行こう。明日にすればいいじゃん、という意見も自分のなかにはあったが、明日はしっかり働いてさっさと帰りたい気持ちが優勢だった。なぜなら明日は奥さんはお休みで、早く帰れば帰るだけ長く一緒にいられる。今日は奥さんも夜お出かけなので、寄り道のハードルが低いのだった。