2020.02.09

小説が続いていたからか『未明の闘争』が読み返したくなって、本棚から引き抜くと13年の初版に宛名とサインがある。三軒茶屋の人参みたいなビルで湯浅学ボブ・ディランの話をしているのを聴きに行って、そこでもらったのだった。これをリュックに入れていくのもな、と図書館で文庫版を借りてきた。分冊なのが気に入らないが、この小説において上巻から下巻へのジャンプは一層大変そう、と思うのだが、もともとは連載だったはずだからあんまり関係ないのかもしれない。


西早稲田の甘露に行ってみたくて昼過ぎに出かけて行った、NENOi は定休日だろうか、こちらに来るたびに行きそびれる。白玉が甘酒ベースの汁に四つ浮かんでいるやつと、温かくて白いプリンみたいなのに小豆と蓮の実が載っていて底のほうには百合の根があるやつとを食べた。お茶もおいしく何煎もいただいた。道中からずっと人はなぜスピにはまるのか、という話をしていて、この話題はいつも白熱してしまう。わからない他人のことをわからないなりに好き勝手しゃべってみる、それは乱暴で楽しいことだった。そして自分の視野の狭さに何度も思い至る。似たようなところを眺めていても、隣の人とは目のつけどころが全然違う。


NENOi の空振りでどうやら本屋欲が湧いてきたらしく、せっかくここまで西に出てきたしと吉祥寺行きを提案し、受諾された。ルーエに行ってみたい。香山哲のフェアを見に行きたいというのが目的だった。それで早稲田から東西線で直通だったらよかったが三鷹で乗り換えた。


日没で本格的に冷え込む前に北上し、霧とリボンをひやかした。それからルーエ。一階から三階までぐるっと見て、フェアの棚が見つからないな……? と戸惑う。三階の、色紙の豪華な顔ぶれや、久しぶりに漫画コーナーを見たからというのもあるだろうけれど知らない漫画が沢山あって、たぶんこれはすごい品揃えなんだろうなと思いつつ、文芸からの翻案ものやエッチなやつがすごく多くて、いまはこういうのがトレンドなんだろうか。サブカル焼け野原、みたいな表紙を一階で見かけていて、ゼロ年代サブカルって要はわかりやすくマッチョではない男たちの性欲の屈託のない肯定だったよな、マチズモの再生産でしかなかったかもな、などと考えていた。しかしフェアが見つからない。いま一度一階まで戻ってみると雑誌の棚の入り口のところにそれはあって、しかし売れ行きが凄まじいらしくほとんど荒野だった。店内での週間だか月間のランキングで『ベルリンうわの空』が堂々の一位で、それでか肝心の漫画もそのランキング棚の一冊しか見当たらなかったし、選書もほとんどが売り切れていた。すっごいなあ! と感心し、冊子もはけていて何となく今日僕がここで買わなくても、という気持ちになったらしく、何も買わずに出てしまった。フェア棚からの流れでふだん覗かない雑誌コーナーを眺めてみるとそこが一番面白かった。雑誌コーナーに平然と単行本が面陳されたり挿してあったりして、音楽の棚には『衣・食・住・音』やミシマ社のバンドの人たちのやつとかもあったり、カルチャー雑誌は『SPECTATOR』がバックナンバーまで充実していた。辛酸なめ子のスピリチュアルにハマる人たちについて書いた本が面陳されていて、タイムリーだね、と奥さんとはしゃぐと、そのすぐ上に『ムー』の、毎日滅亡カレンダーみたいなのがあってものすごく笑った。いいカレンダー。こういう本屋は近所にあったらすごく楽しいだろうな、十代のころであれば救われるような気持ちで通っただろうlな、と思いながらも吉祥寺は僕の街ではないのでそのまま手ぶらで出てしまう。


なんとなく物足りなくて、あ、百年、と思い出し、こちらも初めて行った。奥さんは新刊書店ではほとんど本を買わないが古書店だと一気にタガが外れる。一時間近くウロウロして、一息つく頃には入店時にはそれなりにいた客はほとんど出払っていた。奥さんは原民喜の全集の一巻を買うことにして、五千円強。その場で日本の古本屋やAmazonを検索しだして僕はそれはマナー違反なのでは、と思いもしたが、普通にお客としては当然調べるだろう、とも思った。そもそも何巻揃いの全集なのかもわからない。それでその全集は四冊揃いで四万のセットくらいしか出回っていないらしく、とにかく目の前にあるものを買おうと決心されたらしかった。奥さんが本を買うとなると僕は嬉しくなるらしく、うきうきとピンチョンの競売の文庫と、即興音楽の聴き方みたいな新刊とを一緒にレジに持っていく。ポイントカードを作ってもらい、一日と共用とのことで裏手に回って一日にも行き、ガレージの均一コーナーで気二つコーナーはためらいなく本が手に取られ、『富士日記』でとびきり素敵な武田花のエッセイ、青木淳吾のたぶん絶版の単行本が手に取られ、中に入って平出隆の詩集も買われた。


ちょっとお茶でもしに行こうと家を出て、結局とっぷり暮れるまで遊んでしまった。行き帰りは保坂和志で、HAB さんの読書トートを肩から下げて文庫を読む、その片手にはどっさり古本の入った紙袋、という出で立ちを、奥さんはニヤニヤ眺めていた。読書してます! というのを体現しすぎでしょ、という目をしていた。