2020.04.24

仕事してた。会議中二分くらい話し続けて、終えて、マイクがオフになっていることに気が付いたりした。

 

『野生の思考』をゆっくりゆっくり進める。普遍化と特殊化。構造、配置によって意味合いは決定する。そのもの自体が何か役割を持っているのではなくて、相互の関係によって役割が決まっていく、というような考え方は、僕はやっぱりレヴィ=ストロースから教わった。

 

レヴィ=ストロースを軸に、トーベ・ヤンソンとフェリスベルト・エルナンデスを行き来するというが最近で、だからゲンジが遠ざかっている。また戻るだろう。

 

何年も経ってからぼくは、一番大事なわけでもないのによく目立つものに拘泥しすぎるという不公平な態度に、自分は反抗しようとしていたのだと気づいた。だがもし、ある種の論評によって思考のどこかに立ち現れ、より具体化困難な別の思考を感じたり形成したりするのを妨げるあのノイズに打ち勝ったなら。もしある種の総括、大した中身もないとわかっているのに行われる総括に寄りかかる気楽さに、やすやすと身を任せるのを防げたなら。そうすればぼくは、出来事に対する一風異なる興味を掻き立ててくれるような、一つの謎に出くわすのだった。(…)
フェリスベルト・エルナンデス『案内係』濱田和範訳(水声社) p.191

同居人が近所の好きなお店のテイクアウトを買ってきてくれる。家で食べると全部一気に並ぶから、足りなくて、お腹が空く。

気圧や雨や温度差がすごい。具合が悪く、納得のいかない奥さんは駄々をこねるようにソファでじたばたした。

同居人はさらにパフェとフルーツサンドを作ってくれる。