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2015.03.05 - 08

はらっぱでの小さな小さな演劇フェスがぶじはじまり、おしまいを迎えた。

 

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やって良かった。
参加してくださった団体にも迷惑しかかけていないし、むしろ助けられてばかりだったし、来てくださったお客さまにも不便をかけすぎたし、怒られなじられいつ捨てられてもおかしくない有り様だったけれど、しんどさと申し訳なさとでいっぱいいっぱいだったけれど、やってよかった。
参加してくれたどの団体も、想像どおり、それ以上にとびきり素敵な作品だったし、それをみて、誰よりも客席でにこにこしていた自信がある。やっぱりこうして、演劇の時間に救われる気持ちがきっとある。
稽古も、いつものようにおいしいものを食べるばかりでいつでもお腹いっぱいの、しあわせなひとときだった。
あっという間に終わってしまって、打ち上げで誰よりも酔っ払ってしまって、もっと伝えなきゃいけないありがとうもごめんなさいみあったのに。
久しぶりに自己嫌悪よりも満足がうわまわって、穏やかな心持ち。
こういうときいちばん迷惑をかけがち。
でもあまり気に病まないし機嫌がいいから無敵。
 

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設営が終わった会場入り初日。
夜しこたま酔っ払って「お前のとりえは可愛げだけなんだから、不機嫌だったり、老けて小汚くなったり、可愛くなくなったらなんの価値もない」みたいなことを言われて、もっとかわいいを作ろうと思った。
もう十代のころのように、放っておいても退廃と愛嬌が香り立つことはない。
一層の努力をしてかわいくあらねばいけない。
この一年、働き出して、もう若くないという思いをいたくもって、「余裕のある、落ち着いた大人の男になろう」という決意をかためかけていたのだけど、結局ダメダメな僕は、すぐにキャパオーバーになってあわあわしてしまうし、そもそも落ち着けない。
へたに格好つけると余計にみっともなくなる。
かといって、まだ可愛さで乗り切るのはさすがにどうなんだろうとも思っていたのだけど、「お前のとりえは可愛げだけ。ほかはない」と言い切られたおかげで、自分の努力する方向が見えた気がした。
実る見込みの少ない努力は心身の健康に悪い。
ちゃんとできるところがイメージできる努力をしよう。
かわいくなろう。
笑顔で丁寧に、ちゃっかり生きよう。
心がけしだいで、誰でも可愛くなれるのだ。
さっきまで読んでいた『黒のもんもん組』にもそんなことが書いてあった。
 

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さあ、そろそろ連休が終わる。
またくたびれる日々だ。
いつのまにか、嫌々仕事をするようになっていた。
休日にしか生きられない、イタリア気質が染み付いていた。
 
けれども、もっと丁寧に暮らすために、なるべくご機嫌に生活していくために、仕事も遊びも区別なく、倦まず丁寧に笑顔でこなしていこう。
いつも不機嫌でおっかないひとたちにも、受け取られなくてもにっこり愛嬌を振りまこう。
仕事で消耗していらいらすると、遊びにも影響する。
お金に心配や、将来の展望のつまらなさにくたびれると、すべて疎かになる。
今回の演劇フェスの準備を、仕事と並行して行って痛感したことだ。
やるならば、どちらもちゃんとやらなくてはいけない。
どちらかをいい加減にすると、もう一方の足をも引っ張ってしまう。
どうせちゃんとやろうとしたって、ちゃんとできないんだから、にっこりかわいく誤魔化していく努力くらいはしなくちゃダメだ。
 
機嫌よく、悪くなったら素直にいじけて、さっさと切り替える。
気の置けない好きな人とお酒を飲んで、楽しくへべれけになりながら、呪詛や泣き言をわいわい言っていたら、それは自分の夢見る理想のあり方とは程遠いのだけど、それでもとても気持ちがすっと楽になった。
これまでは、たぶん天気のようにコロコロ変わる気分を、自分の理想と照らし合わせては「これじゃだめだ」と抑え込むから苦しかった。
みんなの前ではいつも笑顔を心がけ、だめなときはこっそりとことんいじける。
そうやって、また、頑張り直してみよう。
 
どうせまたすぐくたびれるけど、かわいげだけは、守り通してみよう。
 
そう思ったのでした。
 

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