2018.04.20

文章の技術は、とにかく書いてみて、それ以上に読むことでしか得られない。

 


落書きのようなスケッチでも、よく訓練された人のものは見ごたえがある。

基礎のない人の走り描きは、やっぱり特に意味を結ばない落書きにしかならないだろう。

 


本当に今更なのだけど、自分の悪文に恥じ入る気持ちが湧いてきた。

いや、基礎が欲しいと思い始めたというほうが正確かもしれない。

生活の中で澱のようにたまるモヤモヤを晴らすためにやみくもに書きすさぶのではなく、モヤモヤに向かって粘り強く理を通し、その道程からなるべく無駄を削いだものを文章として仕上げていく。そういうふうに書きたいと思うようになった。

 


学校と会社は、どちらもその多くは人を馬鹿にした機構であるという点では同じようなものだけど、「話が伝わる」ことの効力がより精確に機能するぶん会社のほうがましなようにも思う。

そして「話が伝わる」というのは、学校や会社なんてところに留まらず、社会的存在として個人がサヴァイブしていくための基礎として備えておいたほうがいい技能だ。

 


僕はこの事実を直視しないようにして暮らしてきてしまった。

自分にとって面白いことを自分の面白いように考えていられたらそれでいいやと思っていた。

言語とはそれ自体社会的なシステムなのだから、言語のルールに従いながらもそこから逸脱するような言語の使用こそが、システムの内側からシステムに規定されない余白を生み出すための実践なのだと、自分の悪文をむしろ積極的に肯定すらしていた。

けれども今になって、社会化されていない言葉を使用することは、意味不明な独り言を道端で繰り返すようなものだと気がついてしまった。

読み書く方法そのものを独自にでっち上げていくよりも、ただ愚直によく読みよく書いたほうが、より大きな余白を生み出しうるのだと思い直したのだ。

 


なぜ今更こんなことを書いているのかというと、最近さまざまなところで目にしたコモンズという言葉に感化されたことが大きい。コモンズとは「みんなが好きなように使っていい余白」のことだといまの僕は理解している。システムに規定されない余白とは、みんなが好きなように使ってもいいものだったのだ。余白がみんなのものだとしたら、みんなに伝わらなくちゃ嘘でしょう。

 


システムの内側にいながらにしていかにシステムに規定されない余白をつくりだしていくのかという興味はあいかわらず変わらない。とはいえ、こういうことを考えるときに想定するシステムというのが言語から組織や社会というものへと移ってきている。

人にきちんと伝えることで、コモンズを共に確保していく。

言語について抽象的な考えを遊ばせるよりも、上のような問いは実践とフィードバックのあり方がすこしは明確であるし、そのぶん具体的に試せることがきっと増える。

まずは愚直に読み解くこと、そしてそれを伝えることを試みたいと思う。

2018.04.17

ほんとうに記憶力が弱くって、一年前、いや半年、いやいや一か月前のことですら、ほぼ他人事だ。さいきんは隙あらば本を読んでそのたびに語彙や思考のモードが切り替わるから、余計に自己の連続性があやしい。昔から一晩寝たらなんでも忘れるほうであったのだけど、さいきんは朝の自分を夜すでに遠く感じることもしばしばだ。

 


気がつけば大学を卒業して五年目になる。大学ではいろいろと気持ちが騒がしいこともあったように思うけれど、思い出そうとしてもなんだかすごく恥ずかしい奴だったことくらいしか思い出せない。あまり思い出せないなりに恥ずかしい気持ちにはなるのだけど、生来の恥知らずなので懐かしい人たちの顔を見るとなんであれ嬉しくなってしまう。当時その人たちとどんなふうに接していたのかすら覚束ないし、なんならどんな人であれ恥をかき捨ててきたことだけは間違いがないので冷静に思い返せばどう開き直ったって話しかけることすらままならないような人たちだ。覚えていないけれどたぶんそうだ。そんなような気がする。

 


ともかくその場では嬉しくなって話をする。何日か経って思い返すとあの人に対する態度はあんな感じでよかったんだっけと不安になってくる。これは大学時代の僕が人によって自分の態度というかモードを無意識に切り替えていたことの表れなんだと思う。僕はいまではどんな人に会ってもだいたいくたびれた感じでへらへらふにゃふにゃしているから当時よりも一貫性があると思う。そういうわけなのですでに一貫してへらへらふにゃふにゃしている僕にとって「あの人に対する態度はあんな感じだったっけ」と自問することはすでに意味がなくなっている。その問いの答えがどうであれ僕はもうくたびれた感じでふにゃふにゃへらへらすることしかできないのだから。

 


僕は現在進行形で嫌な奴だし失礼なことも沢山やらかしているだろう。そんなこともどうせ忘れてまた顔を合わせるときにはへらへらするのだろう。本当に、そういうのどうかと思う。われながら。とはいえきっと覚えていられない。これまで人とかかわり合いになる中で、許されないことをしでかしたことはきっとあるだろうけれど、許せないことはなかったことになっている。許されないことに関してはなんとか思い出し、今後はなるべく忘れないようにしたい。許せないという思いを抱いたことはあったようにも思うけれど、思い出してもとくに楽しいことはないだろうから思い出さなくてもいいだろう。

 


許せない人は、今後もし不運にも出くわしてしまった僕がふにゃふにゃへらへら近づいてくることがあったら全力で避けてほしい。避けきれない場合ははっきりとNOを突きつけてほしい。いや、なるべくそんなことしないでいいように自分で察するようにするけども、いざとなったら自分をいちばん可愛がれる方向に舵を切って欲しい。人は一緒にいると自分を自分で可愛がってもいいような気持ちになれる人と一緒にいるのがいい、というのが僕の百項目あるありがたい人生論のなかのひとつだ。

かつて僕に許されないことをしたという人がもしいるようであれば、もしよかったら普通の顔して一緒にふにゃふにゃへらへらしてほしい。覚えてもいない傷よりも懐かしい顔を見たい。いやでも万が一まじで見たくない顔だった場合、静かにその場を立ち去るから絶対に追ってこないでほしい。

 


さいきんは懐かしい人たちに会いたくて仕方がない。

そういうわけでいろいろと身勝手なことを考えた。

2018.04.11

中学生のころ面陳された雑誌の表紙でかわいくしている水着の女の子が目に入るたび「こんなに沢山のかわいい女の子がこの世界にはいるのに、そのうち誰一人ともお知り合いになれないままに俺は死んでいくのだろう……」という途方もない気持ちになって苦しかった。

いまでも本屋や図書館に行くと「こんなに面白そうな本がたくさんあるのに、残りの一生を興味のある本を片っ端から読むことに費やせたとしてもとても読み切れないな……」という途方もない気持ちになる。
そのたびに冒頭にあげた気持ちを思い出す。
途方もない気持ちになるといまでも下腹部のあたりがふわふわするように感じるからだ。
けれどもそこに苦しさはない。
どれだけ欲望しようとも達成のできない欲望というものの捉え方が変わったのだと思う。
いまは成し遂げることなどはなから求めていないし、ただ一冊一冊読んでいくのが楽しい。
そのように本を追い求めていくことが、果てのない探求であることがうれしい。
もしほんとうにすべての本を満足に読み切ってしまったら、空しいだろうなと思う。
その空しさには興味がない。

目的地ではなく道行きを楽しみにするようになったのはいつからだろう。
思えば幼稚園の相撲大会で初戦敗退した時から、どうしたって成し遂げられない欲望があることを何度も思い知らされてきた。僕は生まれて初めて自分ごととして現れたあのトロフィーが、ものすごく欲しかったのだ。けれどもあっさりと押し出されてしまった。
中学そして高校と女の子に相手にされないまま過ごして、あんまり気にしていなかったつもりだけどもやっぱり何かをこじらせた。いや、こじらせていたから相手にされなかったのかもしれない。
ともかく貧相な体つきや、軽快なトークで場を盛り上げることができない無能に、大きなコンプレックスをもってすくすくと育ってきた。
トロフィーと女の子を同列に語るようなこの文章の運びは本当にダサいけれど、中学高校時代の認識はほんとうのところこんなものだったのだろうか。
たぶんそうでもない。
このころ僕にとって女性とは映画の主人公たちだった。
あらすじのうえで主人公でなかったとしても、母と観た数々の映画はいつだって女性がまぶしくみえて、自分が男であることがいやになるくらいだった。(これはいま思い返すと、観ていた映画そのものがどうだったという話ではなく、当時VHSに付属していた予告編のほとんどが「大人の女性」にむけて作られたものであったことが大きな原因だと思っている。)
ともかく当時のぼくにとって映画というのは女性のものだった。いや、違うな。映画というのはマイノリティのものだった。だからこそ、こじらせていた僕はそうした映画に何度も救われた。
体育の時間に代表されるマッチョで反知性的な世間にまったく馴染めなかった僕にとって、映画のなかのマイノリティたちのほうがうんと身近に思えた。
この当時、僕は数を数えることしかできなかったから、女性が社会から構造的に疎外されたマイノリティであるというはっきりとした認識はなかった気もするけれど、とにかく誰よりも身近に感じていた人たちのことをトロフィーと同列に語るような回路が自分にあったとは思えない。
そもそも人間と本とトロフィーとをごっちゃにしてここまで語ってきているこのやり方そのものがあまりにも乱暴なのではないかとも思う。
中学生の僕が女の子に感じていた欲望と、幼稚園の僕がトロフィーに抱いた欲望と、いま僕が本によって掻き立てられる欲望は、同じ欲望という言葉でくくりはするけれどすべて別々の内容を持ったものだ。
けれどもいまここではそれらを「欲望」という一面だけでひとくくりにして語る。僕は欲望の対象が人間であれ物であれ知識であれ、そうした欲望は必ずや満たされなくてはならないみたいな強迫観念から自由になれた今はとっても楽チンだなーという話がしたいからだ。

どうしたって欲しいものが手に入らないという経験から、達成よりもプロセスを偏愛するようになる人と、ルサンチマンを育んでいく人との違いはなんだろう。
インターネットにあふれる後者の人たちをみると、どうもヒトへの欲望とモノへの欲望がごっちゃになってしまっているように感じる。
そしてその混乱の原因は、「あらゆる欲望は満たされなければならないし、あらゆる目標は達成されなければならない」みたいな強迫観念なのではないかとふと思ったのだ。
そしてそうした強迫観念は、何かを手に入れるという成功体験が乏しいことから生まれるのかもしれない。
そうだとすると僕はなにもできないように思えてしまう。

僕自身わりと非モテをこじらせているし、体は弱いし、お金も稼げないし、社会に対するルサンチマンはある。
しかし僕はなんだかんだで高学歴・正社員・既婚と現代ルサンチマンの標的となる三拍子をそろえているから天下一不幸自慢大会がったとしても書類選考で落とされるだろう。
僕がいまのように達成よりもプロセスを楽しみとする気質を持つにいたったのも、この高学歴・正社員・既婚という成功体験が無関係だとはとうてい言えない。
この成功体験はすべて、たまたま運よくいまの歪な社会構造のなかで恩恵を受けてしまっただけのことで、まったく僕の力で「勝ち取った」ものではない。
だからこそ「自己責任」なんて阿呆臭い言葉を持ち出しながら、いままさに欲求不満に喘ぎこじらせている人たちに対して「君たちの苦しみは達成への妄執が原因だ。成し遂げられないことは無理に成し遂げようとせず、ただぼちぼち成していくそのプロセスそのものを楽しむのがよい」なんてことをいけしゃあしゃあと言えるはずもない。

僕はプロセスそのものを楽しむことで達成に固執しないことでだいぶ楽チンになったから、何度でもそういう話をしてしまうけれど、それが万人を救う万能マインドセットではありえないのだということは忘れないでいたい。
けれども「なにもできない」を結論に落ち着けるのはどうも居心地が悪いので、こういうことはうだうだ考え続けるのだと思う。

2018.04.05

ふと「やっべえなあ今年でもう28か」という気持ちになったのだけど今年は27になるのだったか。
おぼつかなくて「91年生まれ 年齢」でググった。
今年は27になるのだそうです。
大学を卒業するのは24歳?
たしかそのへんで、あれ、そうだとすると僕はやっぱり今年28になるんじゃないのか。
ということは、ええと、23で卒業するのか。で、いまは26で、今年27になるのか。
とにかく卒業してから、というよりここまで書いて気づいたけれどたぶん大学にいたころから、自分の年齢がよくわかっていない。だいたいいつもうっかり一つや二つ歳を先どってしまっている。
20代のころは、いまもそうなんだけど、とにかく20台を意識していたころは、なんとなく30になるのはやばいなあという気持ちもなくはなかったけれど、就職とか結婚とかもしちゃうと年齢がなにかの節目になることってあとは死ぬときだけくらいの大雑把な気持ちになるし、ほんとうのところ30くらいでやばくなるようなことは何一つないなんてことは10代のころからわりと気がついていたようにも思う。

ふと「やっべえなあ」という気持ちが来たから書き始めたけれど、とくに年齢について思うことはないな。
もう若くはないとは10代でなくなったときに思った。
このときに感じた若くなさはそれはもう決定的だった。
「これ以降、早死にしたら本気でダサくなる」という確信めいたものがあった。
それが最後だった。
10代が終わり、もうここから先は賢くムスッとした顔でいることはできない。
なぜならダサいから。
若さが何かを許すとするならばそれは研がれたナイフみたいでいることのダサさだ。
若いころのダサさはたまにまぶしいこともある。
そのまぶしさは正しい。
この正しさを鼻で笑ったり、無視したり、憤慨するのはやりがちな過ちだけれど、そういうのはほんとうにやめたほうがいい。

何の話だっけ。
そうだ、年齢、なんかさいきんどっと歳をとった気がする。
なんでそう思うかって、周りがみんな年下、というような集まりのなかでその人たちとうっかり同じくらいの年齢のつもりで振舞っていたことに後から気がつくという事態が頻発したからだ。
自分のことをまだ若いと思ってることに自覚できないままにそう思っているのって、ほんとうに年長者ここに極まるといった感がある。
なんでこんなことになっちゃうかって、年をとればとるほどわからないことが増えていくからだ。
わからないことばかりだから、加齢につれてむしろ自分に対する信頼は減り、そのぶん外界に対する、なんだろうリスペクトみたいなものがうんと増える。もう老いも若きもみんな自分よりすごく見える。けれどもそれは、わからないことが見えるほどに、わかることが増えたからなのだ。
なんで増えたかって、歳を取ったからだ。
ただ歳をとったのじゃなしに、なにかしら経てきたからだ。
なにかしら経てきたいま、物心ついて以来いちばん新鮮な気持ちで毎日がある。
もしかしたらこれってすごいことなのかもしれないし、情けないことなのかもしれない。
まあ正直なんだっていいのだけど。

2018.04.04

春で気がくるっているからおなかのあたりがふわふわとしている。
なるべくなら地に足をつけてふわふわしていたいのだけど、この季節はうっかりするとすぐに未来のことを考えてしまう。

Wiredの元編集長の人が「未来を語るな、必要なのは希望だ」といろんなところで言っている。
そのなかでもクラシコムジャーナルの対談記事がめっぽうよかった。
僕は最近このクラシコムジャーナルが面白い、かつて小学生くらいの頃夢中で読んだほぼ日の持っていた雰囲気というか気配があって、その気配はそれこそ未来ではなくて希望を予感させるものだからいい。そういえば保坂和志だって木村俊介の手によるインタビュー記事で知ったのだったっけと思い出してみると、ミシマ社から出た『インタビュー』の何がよかったかってそれこそ「インタビューとは、ただ日々だ」とでもいえる、『試行錯誤に漂う』の実践そのものの気分があることだといま気がついた。

未来に向かって行為を投資するのではなく、ただ日々の試行錯誤の豊かさを享受する。
そのようでいたい。
真木悠介『気流の鳴る音』はおそらく上京してから最も読み返している本で、僕はこの本に出てくる「心ある道を歩む」という一節に何度でも強烈に打たれる。
上のような、結果ではなくプロセスそのものを享受するという気分はこの一冊の経験によって決定的に自分のなかにセットされた。
ゴールや目的を設定せずとも人は歩みを進めることができる。
ゴールや目的を設定すること、つまり未来にあるべき自分の姿を思い描いてそこに向かって努力するというのは一見すばらしいことだけれど、一面では自分の現在を未来のコントロール下に置いているということともいえる。
目的地に到着することだけを考えて行われる歩行は空疎だ。心はいつもここではなく仮構された未来に疎外されてしまうから。このとき歩行という行為は課せられた労働にしかならない。
いま歩いている道に心をこめること、その道をただ歩くというのはどういうことかというと、行為そのものに集中し、行為そのものから何かを受け取るってことだ。そのように歩くとき道はおおくの発見や喜びをもたらしてくれる。

僕はいま春だからどうしても未来を考えてしまうけど、それは「心ある道」をこれからも歩み続けるにはどうしたらいいだろうというようなことだ。
プロセスそのものを目的とするとき、「プロセスが継続していること」というゴールが未来に仮構されてしまうというナンセンスにおちいる。それがいま、春だ。

僕にとってのかけがえのないプロセス、「心ある道」とは奥さんとの日々だ。
奥さんといつまでも楽しく暮らす。
これだけが道であって、そのほかのこと、会社に居続けるのかどうかとか、お金を稼げるようになりたいのかどうかとか、子供はいたほうが楽しいとはいえどうなのかとか、そういうことは本質ではない。
けれどもそうしたディティールが道のあり方を決定づけるのだから、どうしたらなるべく長く楽しく歩き続けられるかというようなことを春は考える。

たとえば子供。子供は一緒に育てたい、もしくは僕が育てたい、主夫をやりたい、と考えてみるといまのお金の稼ぎ方では無理が出てきそうだ。
奥さんとの共同経営、自営業なんていうのもいいかもしれない。とはいえ何をやるのだろうか。
自分の手でつくるビジネス、いまは小商いといったほうがいいだろうか、を考えてみたくなって、ポール・ホーケンの『ビジネスを育てる』を読んだ。この本を選んだのはクラシコムジャーナルにかぶれたからだ。『ビジネスを育てる』やクラシコムジャーナルを読んでいると、ビジネスというのもただプロセスであることがわかる。
お金は困らなければ健全に流れ続けているほうがいい、仕事だって実は結果ではなくプロセスをいかに豊かにするかなのだということに気がつくと、いまの会社に居ながらにしてでもやれることがいくらでも見えてくる。
どこではたらくかは大したことではない。
いまの会社にいてでもはたらくことの「心ある道」は試行錯誤できるはずだ。
会社に対してプリセットされた愛はなくとも、愛着は育ってくる。愛着はただ時間だ。
僕はしばらくこの会社でふまじめに誠実を貫く。ふざけながら真剣にやる。
自分たちの力で生計を立てていくというのは、会社のなかでの試行錯誤がほかならぬ会社の持つ構造によって不毛にならざるをえないという状況がやってきた時に始めればいい。
春はこのようになぜだか前向きな気持ちに収まることが多いから困る。
われながらうっとうしい。

とにかくプロセスそのものを最優先したいというのともう一つ、自分の行動原理には「なるべく楽をしてちゃんとしてみせる」というのがあるなと思う。
むりなく、むだなく、ちゃんとする。
そのときそのとき人に判断される「成果物」は、僕からしてみればプロセスの一点に過ぎないのでそんなところに全身全霊は注がない。とはいえ「成果物」っぽくみえるようにそれらしくはする。そのための労力は最小限にとどめたい。
最小の労力で最大の報酬を得たい。
そしてそれは可能なはずだ。
だってゴールに到達したらチャラになるやり方よりも、プロセスを愚直に積み上げるやり方のほうがなんか強そうじゃん。もちろんこんな比較そのものがナンセンスだ。

ナンセンスと言いつつもいつかこの愚直な日々の積み重ねがとても高いところまでとどくことを期待してしまっているのも認めないといけない。認めます。なんかそういうの求道者っぽくて格好いいと思ってます。
求道者というか、マニアックになることはしかしやっぱり危険だ。
なにしろマニアックになると飽きる。これはマニアックとはなにかを極めたいという欲求であって、この欲求は「何かを極めた自分」という未来に向かって行動することを要求するからだ。こうなるといま自分が楽しいと思うことを素直に楽しめなくなる。せっかく喜びをもたらしてくれる対象が目的でなく手段に取り違えられてしまう。
「心ある道」を自分の手で損なってしまうのは悲しい。
僕は常に素人感覚を研ぎ澄ましていたい。
素人であればつねにプロセスの最中で驚いていられる。
素人くさく、なにごとにもいちいち新鮮に感じること。
そういうまぬけに徹して、これからも楽しく生きたい。

2018.03.27

iPadのメモに残っていたいわゆる自己分析みたいなやつがいま読んでもしっくりくるものだったので忘れないようにここにも残しておこうと思った。

「ふつう」の感覚がものすごく内面化されているし、めちゃくちゃ人目を気にする。
そのくせ実際の言動は「ふつう」に依拠するというわけではない。

かといって軸があるわけでもない。
感覚だけで生きてきてしまった。
客観的にみて「面白そう」で主観的にも「楽しそう」なことがなによりも優先される、
こう言うことはできるかもしれない。

移り気で飽き性、そのくせやりたがることは持続が必要なものが多い。
ほとんどのものは半端にやりかけのまま放置される。

非モテをわりとこじらせている。
特に貧相な肉体という面で。次に乏しい社交性という面で。

自分で思い込むことにしたことはそれを思いこんでいるあいだ譲歩できない。
飽き性なのでわりとすぐに思い込むエネルギーは切れる。

内弁慶。
家のなかでの自分が大好き。

うっかりヒロイズムに嵌りがち。
急いで客観視を導入しないとちょっと怖い。
別に誰とも戦っていない。

めんどくさいことはやらない。
楽しいことだけしていたい。
そのためだったら世の道理を外れてもいいくらいに思っている。

というよりも、人に努力を要請する世の道理への納得のいかなさがある。

なるべく楽していい思いをしたいし、それはできるはずだ。

理屈よりも感情を優先するが、当の感情が理屈を通さないと動かない。

具体的な誰かのためにいたい。
「会社」や「家族」など顔のないものへの操は立てられそうにない。
制度ではなく情で動く。
だからこそその危うさを抑制するためにあるはずの杓子定規な制度への信頼もある。
制度に流動性を、なんていう素人考えはほんとうに怖い。
しちめんどくさい手続きを踏む、そのプロセスにこそ制度の意義はある。

スピとリアリズムのどちらにも寄りかからないバランス感覚。
しっかり見えることと胡散臭いものは両方疑ってかかって面白がる。

寝ないとダメ。
漢方もさぼっちゃダメ。
肉体の不調由来の気分の荒みに鈍感なので気を付けている。

心の安定のためにはお金が必要。
月末に残高が三ケタになることを心配しなくていい程度には。

ずぶずぶの関係は家族であっても怖い。
そのくせ関係に永続性を求めてしまいがち。

没頭することへの憧れがありつつも、すぐ覚める熱中くらいがちょうどいいとも思っている。
極端であるのも格好がいいけれど、自分はこわいくらいに中庸でありたい。

最近ほんのちょっとだけ社会への参入というものに興味を持ち始めたように思う。
けれどもそれは単にウチを拡張したいというだけかもしれない。

2018.03.26

保坂和志『試行錯誤に漂う』を読んでいて、とにかくすべての営為は日々行われるその行為そのものだという考え方がいつも以上に自分にセットされている感じがある。
読むというのはその行為それ自体のなかにしかないものだけれど、ここでいう行為というのは読んでいない時間も含まれる。一冊を読み通すまでにはさまれる中断のなかにもその本のことを反芻し、反芻するうちに本の内容自体からは次第に離れたことまでをも想起する、そうした行為もまた読むことの一部というか行為のしかたのひとつのように思える。
だから今日こうして書いている文章も『試行錯誤に漂う』を読むという行為の中にあるような気がして、野球の試合とは日々の素振りのなかにある、コンサートは日々の練習のなかにある、それらは行為が結実する地点ではなくただ日々の行為の延長線上にある一点にすぎないという、この本で繰り返し繰り返し言われるその感覚はすごくわかるというか当然のことのように感じられる。僕にとっての日々とは読むことで、読むことと書くことはだいたい同じことだ、このように句読点の打ち方なんていう見かけ上の方法論に過ぎないのようなところから『試行錯誤に漂う』の実践をなぞってみる、それだけで書けることの射程ががらりと変わる、その変わる様子はこれまでよりもよく書けるとかそういうことではなくてただがらりと変わる、そうやって異質なものが生起していくそのさまが面白くてこのように句読点の打ち方だけを意識してだらだらと書いてみる、そうするとさっきは句読点の打ち方なんて見かけ上の方法論に過ぎないというように書いたけれどそれはまったくそれだけのことではないことがわかる、たとえばいまも「、」で引き延ばすことだけを意識するあまり一文がだらしなく長くなってしまっている、この一文のただだらだらと長く続いていることから自分がこの方法をまだうまく扱えていないことに気がつくことになる、というのもだらだらと続く必然性というか書くという運動から自然に一文が引き伸ばされるという風にならないといけないのだと想像しているからで、僕は今こうして書くという運動、句読点の打ち方というフォームによって規定された運動に振り回されるようにだらだらと一文を長く続かせる自分のあり方を面白がっている。

影響を受けているのは確かだけれどやや大げさにいまの状態を書いてみた。
こうしてブログを描いたり読んだりしていると「一文は短いほうがいいな」であるとか、「構文が明快ですっきりしているな」であるとか、とにかく読みやすい、伝わりやすいことが価値であるような気持ちが強くなってくるけれど、保坂和志の文章を読むと書くというのはそれだけのことではないということを思い出し、文章の書き方や読み方のフォームが改まってくる。いかんいかん、また一文がだらだらと長い。
さいきんは哲学書や一般向けの科学の本、その多くは別の言語で書かれた文章の翻訳された文章を読み続けていたので、日本語にはない言語の運動、論理の積み重ね方というのが染みついてきていたけれど、いまこうして日本語で動かされた言葉を読むと思考のモードがはっきりと切り替わるのを感じられて面白い。「ここまでは間違いがなさそうだ」という厳密さを積み重ねていく愚直さというのはどの言語でも共有できるという前提のもと哲学も科学も書かれるし読まれる。けれどもその愚直な積み重ねの上で行われる飛躍は、その積み重ねを行った言語によって導かれることが多いように思う。積み重ねの方法がいくら共通であれども、言語というのは思考のフォーム、型であるからその道筋を多かれ少なかれ規定する。この型に誘発される跳躍を読み取れるのはやはり同じ言語で書かれた文章でないと僕はまだできない。

どうやったってきょうは不細工に一文が長くなる。
昨晩は布団に入ってから奥さんとだらだらおしゃべりをした。布団に入ってからしゃべりたくなってしまうのは仲のいい人とお泊まりに行ったときみたいで何回やっても楽しい。僕の日々とは読むことと書くことかもしれないけれど、奥さんとの日々はおしゃべりだ。
どうやったって言語から逃れられないようなじれったい気持ちもなくはないけれど、奥さんと言葉や論理を積み重ねていくのは楽しい。その積み重ねのなかには時間が伸び縮みして折りたたまれている。いまはなにを読み考えるにしても奥さんといることが前提となっている。思考の型のひとつとして奥さんがある。今日このように書いているのも、だらだらと長いのは保坂和志のおかげだろうけれど、昨日髪を切った奥さんがひいき目なしに冷静に客観的にみてみても世界一可愛いということも関係しているだろうと思う。結局このブログはいつも取ってつけたような惚気で終わる、というのはだから不当な言いがかりで、いまの自分にとって読んだり書いたりするという行為はどんなものだろうと考えるとき奥さんのことは避けては通れない要素としてある。けれども前の一文はたぶんこのブログを定期的に読んでいてくれる唯一の人である奥さんに向けて「取ってつけたように惚気ているわけではない」と弁明している意味もなくはない。弁明も済んだので今日はここまで。