2019.12.13

ちょっと待って。

ルシア・ベルリンを読んでいる。朝の電車でリュックをお腹の側に抱えながら、単行本を上手に手繰る。いつもより混んでいて、どんどん中ほどまで押し込まれていく、急に後ろから圧がかかって前によろめくと僕の前を通って降りようとする人を大きなリュックで跳ね飛ばしてしまった。よろけたその人はこの世の憎悪の代表者を見るような目で僕を見て去っていった。

待って。これにはわけがあるんです。

レイモンド・カーヴァーにも影響を与えたとどこかに書いてあって、生活の地べたからの言葉、というような陳腐な考えが浮かぶ。そんな決まり文句よりも、細部への目線、とびきりの比喩、それらをあっさり放り出すぞんざいな書き方こそがたまらなかった。


とびきりの比喩といえばボラーニョもそうで、ホテルの便器が欠けていることに犬の吠え声を重ねたり、とにかく愉快だ。『2666』を通勤電車で読むことを真剣に検討する僕に、やめとけと言った奥さんはかなり正しかった。どうかしてた。ルシア・ベルリンでさえ同乗した見知らぬ誰かを跳ね飛ばしてしまったのだ、ボラーニョだったら殴りかかるような形になっていたかもしれない。僕の意図とは無関係に頭頂部に振り下ろされる鈍器。


これから一週間、ぶじに刷り上がるかどうか不安に思いながら過ごすのかと思うと、多少高くついても短い納期で指定すればよかったと思う。しかし二日や三日の短縮のためにいくらか払うよりは、ゆっくり仕事をしてもらってこちらも余裕をもって支払うというほうがずっとよかった。だからたぶんどうあれいちばん安い納期を選ぶのだろう。