2020.08.14(1-p.220)

ふと思い立って今晩の宿を取った。

西側に行くのはもちろん日帰りでもできるのだけど、かなり億劫さがある。きょうは帰らなくてもいいや、となるのはすごくよかった。こうしてお盆の期間でも当日で都内のてきとうな安宿が抑えられるのは、この状況だからだろうか。ふと、これも日記に書くのかな、書くとするとなんというか、移動のログを自ら提供している感じというか、感染経路の特定に資するあれとして日記が使われるのとかすごく嫌な感じがするな、などと感じる。『プルーストを読む生活』のころからそれが嫌で、生活のログとは移動や消費の記録ではなく、思考のプロセスを書き留めておくことだ、という態度でなるべく身の回りの具体的なことは書かないようにしていたが、プルースト以後、生活の具象を書き留めていた手書きのノートが億劫になって、すべてここに集約させているのだけど、やっぱり分けた方がいいかもしれない。阿久津さんの『読書の日記』のすごみはその記録性というか、書けることは全部書き留めておくという書き方で、毎日の具体的な動き一つ一つが積み重なっていくところによさがある。僕はそういう書き方はできないししないのは、なるべく普段の生活範囲や習慣を気取られたくないな、という気持ち、匿名性へのこだわりが拭い難くあるからだった。

お昼ご飯はIKEA のミートボールにしようと決めていたので、宿にチェックインを済ませ荷物を軽くしたあと、奥さんと歩いて立川を北上して行った。北口の高架のところは、例えば横須賀中央駅前などの地方都市によくある感じの、歩行者ではなく車の都合を優先するような造りではなくて、歩きやすさに配慮された広々とした感じがあって、それがいいね、と奥さんと話ながら気がついていく。シネマシティの前の通りも、うんと広く道が造られていて気持ちがいい。前よりも広くなった? ヤギのゾーンがなくなっていて、そこに二子玉川みたいなしゃらくささの商業施設が出来上がっていた。これの影響で道が変わっているのかもしれない。IKEA 前の信号機との位置関係が記憶の中と食い違った気がして、そう思った。横断歩道を渡る時、男の子三人組のうちふたりがはしゃいだ声を出していた。立川はどう? ここがさあ、俺たちの青春の場だったわけ。まあ、一部だけれども、ここで青春を過ごしたんだよ。そんなことが話されていて、なんだかとてもよかった。

IKEA のミートボールは売切れで、他のを食べた。いつも混みすぎていて席を取るのに難儀するが、きょうはすぐに空席を見つけた。とはいえがらんどうというわけでもなく、席は九割ほど埋まっていた。子供たちが駆け回る。高校生くらいの子たちが楽しそうにお茶している。地元のイオンのような客層とにぎわい。感染リスクだけを考えるならここにいる全員が愚かだ。その愚かさの程度を選び取った人たちがこれだけいて、普段だったらこの倍はいるであろうことを考えると、同じくらいの人数、リスク回避を優先してここに来ていない。そう考えると、選びとる愚かさの塩梅としてはけっこう適正なんじゃないかと思って、ここにいる人といない人、どちらに対しても頼もしいような気持ちになった。

レストランにまっすぐいくと、いつもショールームを見逃す。そのことに二階の終点間際でようやく気がつき、一度さっさとおしまいまで行って、もう一周することにした。ショールームのペルソナと部屋との齟齬をあげつらって好き勝手悪口を言ったりして楽しく過ごした。ずいぶん長い間店内をうろついたが、何一つ買わずにその場を去った。

『くそつまらない未来を変えられるかもしれない投資の話』以来、格安SIM が欲しかった。いまはガラケーで、ネットはポケットWi-Fiタブレットなので、これ以上安くなることはなさそうだったが、ガラケーが六年目に入ってそろそろガタが来ていて、だったらスマホが欲しかった。奥さんが楽しそうにやっているソシャゲというのをやってみたいからだ。昨日渋谷のヤマダでiPhone を物色していたら、お兄さんが親切にいろいろ教えてくれて──iPhone はいま音楽プレイヤーとして使ってる4s で止まっている、と伝えると、4s? と声を裏返らせた──をSIMフリーのを買うならAppleショップかビックカメラだということで、立川にはビックカメラがあったので買うことにした。小さいやつがいいのでSE というのにした、というか他は高くて買う気にもならない。更新月が少し先なので、切り替えはそれまで待つことにして、取り急ぎ本体だけ買って、しばらくはWi-Fi で繋ぐだけのゲーム機として活用する。宿に戻ってさっそくFGO刀剣乱舞を入れる。お出かけのついでで、さらっと大金を使っていた。我ながらこの財布の紐のゆるさはなんなんだろうな、と思う。

大浴場では貸し切りだと思っていたであろう先客が持ち込んだスマホからがんがん音楽を流してフルチンで踊っていて、愉快だった。八重歯がかわいいこんがり焼けた坊主どもで、首にはシルバーをじゃらつかせていて、締まった体は端的に脅威だった。なので彼らのダンスフロアの闖入者として、静かに体を浄め、静かにフロアの隅っこに肩まで使った。BEGIN がかかっていた。片方がこれ知ってる? と尋ねると、もう片方がハナミズキだっけ、と自信なさそうに応えていた。お兄さんは出張すか? せっかく窓でかいのに夜だとなんも見えないですね。そう話しかけられてなんかしゃあしゃあとお喋りした。立川のヤンキーは気立てがいい。いや、立川のヤンキーは立川に宿を取らないか。

それからシネマシティ。営業再開したら、また極爆上映があったら、絶対に行こうね、と奥さんと言い合っていたガルパンのためにこそ、わざわざここまで出てきた。しかしTVシリーズを一気見していたく感激した記憶はだいぶ薄らいでいて、むしろシネマシティという好きな映画館にお金を落とすために行く、くらいの気持ちになっていた。

始めの砲音からすごくて、これだ! これが劇場だ! と、腹を震わせる音に鳥肌が立ち、涙が出た。タイトルロールでまた泣いた。始まる、始まったんだ、すごい音だ。奥さんも多分泣いていた。ふたりとも、劇場で、客入れ曲がフェードアウトし、M0がフェードインし、煽られ、音量の頂点でふっと暗転する。あの瞬間がたまらなく好きで、奥さんはいつもそこで泣く。だからきっと泣いていた。何度見てもガルパンは素晴らしく、あらゆる人物の健気さ、やさしさ、敬意に泣いた。水分不足で頭が痛くなるくらいだった。それも中盤までで、試合が始まってからはただただ楽しく、がんばれ、がんばれ! と心の中で声援を送り続けていた。この、人間ドラマがだるくなってきた頃にアクションが始まりぱっと終わる感じがジャッキー・チェンの映画みたいで好きだ。アクションの一つ一つに、一人一人の人柄が滲み出ているのもすごい。ローズヒップのお行儀の良いお行儀の悪さが好き。アンツィオはみんなかわいくて楽しいし、ドゥーチェはすごくできる。エリカの忠犬ぶりも、ノンナとクラーラのめちゃくちゃ重たいのもいい。みんないい。チームのそれぞれのポジションで、一人一人が自分なりの矜恃を持っているのがいい。みんなすごくいいのだけど、もう書くのが疲れたからここまでにする。

帰りに餃子をテイクアウトして、ローソンでビールを買う。叩き売りのワゴンにガルパンのラバーキーホルダーがあって、記念に、と買ってみる。宿で開けてみると西で、西かあ、と笑った。これを機に知波単学園推しになるか。がんばっていいところを見つけよう。