2020.09.29(1-p.325)

ネロ・クラウディウスが好き。

そう声に出して言ってみたのはいつだっただろう。そんなことを考えながら『Fate/EXTRA Last Encore』を観ている。観ながらフリークエストを延々と巡り、石を集めている。何度も何度も召喚する。星4サーヴァントが出れば誰であれ嬉しがっていた頃の僕はもういない。僕は、ネロが欲しい。ネロじゃなきゃダメだった。こういうことか。推しを引くまでガチャを回すというのは、課金する日も近いかもしれない。どうなんだろう、いまはまだ、採掘できる石がある。けれども、こうした作業に時間を費やすくらいだったら、金で解決した方が、きちんと楽しませてもらっているコンテンツにお金を払った方が、気持ちよく遊べるんじゃないだろうか。しかし、唯物論者として、自分がどれだけものもちが良くても関係なく終わってしまうものに、所有の埒外にあるものに、お金を払うというのはまだまだハードルが高い。いやしかし、だったら喫茶店や映画館にはなぜ気持ちよくお金を払えるのか。それは文化の存続のためでもある。そうであるならば、お金をきちんと払って威さえすれば、コンテンツはそれだけ継続性を帯びるという理路で行けば、ソシャゲに課金するというのも、できなくは、いやしかし。

 

今月はもう本は読めないかもしれない。FGO のテキストだけで満足してしまうかもしれないと諦めかけていたところに森毅は救世主だった。すがるように読んでいる。それで誰がどう納得するとか、そういうのは特にないわけだけど。あたまをオシャレに。僕は、読書や、社会や、生活に対するスタンスの大部分が、この本と共鳴するのを感じている。五六年前に読んだ時もそうだったが、いまのほうが強く感じている。