2020.03.25

私塾では勉強はその行為自体が喜びであり、自発的にただするものであって、だから自己充足的なものだったが、藩校では勉強は強制されたゲームであり、つまらないものだった、つまらないものを少しでも面白くするために競争の原理が持ち込まれた。しかしその競争が自己充足的な喜びを生み出すことはなさそうだった。ルールはたのしく遊ぶための自律として現れる分には楽しいが、意味も分からずよそからおしつけられてはただの抑圧だった。

僕たちはあらゆるルールに規定されているが、だからこそそのルールの成立要件からきちんと知るべきだった。たとえば僕たちは常に重力による垂直の力との拮抗を課せられているが、だからこそ水平方向に重心を移動させることで線を生成することができる。アクティブな線はパッシブな面を作り出し、線と面の反復からリズムが生まれる。恋人たちとの文通は反復する。スープを何度も何度も作る。


外では引き続き『江戸の読書会』とクレーの講義を並走させていて、家ではゲンジとfuzkue を楽しむ。絵画における運動の生成について喧々諤々議論しながら夜明けには詩歌を送り合いパンとスープを作りたくなっている。


史学、絵画、文学、日記。うまい具合にばらけているおかげで何とかなっているが流石に四冊は多かった。ほんとうはリュックの中にスタニスワフ・レムもいた。武田百合子もいた。楽しい楽しい、と僕は言った。この忙しさは何だろう。騒がしい外野に呼応するように多読濫読がはかどる、このように一つの自己防衛として解釈することも可能だろうが、そういうの、なんとなくムカつく。